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ご覧いただきありがとうございます
「心潤う」ハンドメイド大人服、チエソーと申します。



■本来の私をとりもどす服

毎日の暮らしのなかで
私たちはいくつもの役割を背負っています。

仕事のこと。
家庭のこと。
子育てのこと。
介護のこと。

気づけば一日があっという間に過ぎていて、
いつのまにか自分のことは後まわし。

――私って、本当はどう過ごしたかったんだろう?
ふと、そんな思いが胸をよぎることがあります。

お気に入りの服に袖を通したとき、
不思議と心がやわらぐ瞬間があります。

鏡に映る自分の顔がすこし和らぎ
「あ、これが私なんだ」と
心の奥がほどけていく。

その小さなひとときが
自分を大切にするための
ささやかなきっかけになるのだと思います。

「本来の私をとりもどす時間」を
あなたの日常にそっと届けたい。

そんな想いを込めながら
ひとつひとつを仕立てています。



■ものづくりとミシン

幼いころから
切ったり貼ったりする工作ドリルが好きでした。

ボタン付けも
遊びのひとつのように楽しんでいたそうです。

はじめてミシンに触れたのは
小学四年生のとき。

母と一緒に作ったレッスンバッグ。
布を選び糸を通し
ミシンを動かすたびに
私の手のなかでかたちになっていく。

完成した瞬間の
胸がふくらむような喜び。
あの達成感は今も鮮明に覚えています。

母もまた
幼い私にワンピースを縫ってくれました。
祖母も洋裁が好きだったと聞きます。

そうしてつながってきた針と糸。

だからでしょうか――
ミシンはきっと私の「根っこ」のような存在なのです。



■ご近所物語に出会った日

中学生のころに読んでいた「りぼん」。
その中で連載されていた「ご近所物語」を手にしたとき、私は心を大きく動かされました。

主人公たちが自分の好きな服を自分の手で作り、
自分らしさをまっすぐに表現している姿。
そのキラキラとした世界に胸が高鳴りました。

――「洋服って自分を表現できるんだ!」
その瞬間、新しい世界の扉がひらいた気がしました。

昔から、自分の気持ちや思いを伝えることが苦手で、
自信を持てずに過ごしていました。

でも「ご近所物語」に出会い
洋服が自分を肯定してくれるような感覚を覚えたのです。

あのとき感じたワクワクは、今でも胸の中に鮮やかに残っています。

「いつか、自分も誰かの心を動かすような服を作りたい」

その気持ちが、今の私を動かしています。
自分が感じたあのワクワクやキラキラを誰かに届けたいから、今もこうしてハンドメイド服を作り続けているのだと思います。



■服づくりは、私自身にとっての「自分時間」

生地をえらび
糸を通し
一針一針を縫い進める

それは、私自身にとって
自分を取り戻すための
大切な時間。

子どもが生まれ
育児休暇をとっていたころ――

心のどこかで
「置いていかれているような気持ち」
を抱えていました。

子どもは可愛く
実家も近くて支えもある。

恵まれた環境のはずなのに、
社会から切り離されて
「自分ってなんなんだろう」
そう思って涙が出そうになる日もあった。

家の中には
たしかに優しい時間が流れているのに
私だけが
どこか遠くに取り残されているような感覚。

そんなとき
ふとミシンに向かうと
少しずつ心が静かになっていく。

ひと針ひと針
手を動かすうちに
「そうだ、私はこれが好きだった!」

忘れかけていた自分を
少しずつ取り戻していくような時間。

それは、私にとっての呼吸を整えるもの。
そして、また前を向く力をくれるもの。



■心の潤いを取りもどすように
洋服は、一日のはじまりに必ずふれるもの。

もしその一着が、
心の潤いを取りもどすきっかけになったなら。
それはきっと、
日々を生きるエネルギーにも変わっていくのだと思います。

たとえば、
お気に入りのワイドパンツをはいて出かける朝。

背筋がすっとのびて、
歩く足取りが、少し軽くなる。
鏡に映る自分の顔が、自然とほころんでいく。

ときにはリセットの合図になり、
ときにはそっと背中を押してくれる。

チエソーの服をまとう時間が、
「本来の私」に戻るひとときでありますように。

――それはもう
あなたの日々に寄り添い、支えてくれる存在なのです。



■メッセージ
これからもチエソーは、
服をただの「衣服」としてではなく、
心にそっと寄り添う存在として届けていきたいと思います。

慌ただしい毎日のなかで、
ふと「本来の自分」を思い出せるように。

袖を通したときに、
胸の奥に小さな潤いや、ときめきがぽっと灯るように。

そのひとつひとつを願いながら、
これからもミシンとともに歩んでいきます。

チエソー